okite910nete1820’s blog

歴史が嫌いだった自分が学び直して、簡単な歴史の地図を作ってみます。

毎年恒例の冬の北上ツアー。(年甲斐も無く今回は少し詰め込み過ぎて弾丸気味に‥‥NO.2/NO.4)

 大内宿を後に次なる目的地に向かいました。去年も大内宿の後に今回のコースを辿りたかったのですが、去年は娘が同行‥‥。

 

 寄り道を打診したのですがそれを拒否られ直帰したので、一人旅の今回は行き先はフリーダムなので、いざ訪問してきました。

 

 (場所のネタバレふくみます)

 

 やって来ました会津若松市。車で走ると分かるのですが、こんな大きなお城があって、城下町と言う形で存在していた街は、本当に道路が碁盤の目の様に整備されてて分かりやすいですよね‥‥。

 

 栃木の主要都市には江戸が近かった為に、そこまでの大きな藩も無く、城も無く、街場の道路も比較的に整備されて無く、ゴチャゴチャした印象を受けます。土地は有り余っているのに何だかもったいないですよね‥。そうすれば車も走りやすかったろうに‥‥。

 

 さぁ、到着しました鶴ヶ城。やっぱり紙のパンフは良いですね😊。

 

若松城こと鶴ヶ城

 

 

 

 日本の名曲『 荒城の月 』(土井晩翠:作詞、滝廉太郎:作曲)のモチーフになったり、屋根の瓦が少し赤みが掛かった

『 赤瓦 』を使用していたりと特徴的な所が幾つもある会津若松市のシンボル的建物 ””鶴ヶ城”” に到着しました。

 

 完全なゼロより復旧したお城なので、建物は鉄筋コンクリートで出来ています‥‥‥。

 

 自分、恐らく20年ぶり位の訪問に。屋根の改修工事をしていたりの情報はニュースなどで耳にしてたのですが、中々足も向かずに今回の訪問となりました。勿論前回の訪問時には歴史の ””レ”” の字も知らず、『 親藩 』の意味すら分からない状態で訪問していたはずです‥‥。恐らく『 審判 』位に思っていたはずです‥‥。

 

 帰って来てから知った情報になるのですが、鶴ヶ城内部のリニューアル工事を

去年2023年4月に完了していたみたいです。全く知りませんでしたよ‥‥。なので、去年1月に来ても、結局天守には入れなかったのかもしれませんね‥‥。

 

 

 

                    

    

 

 

 駐車場から来るまでに見かけた地元色強いアイテム。そんな物を探して見るのも面白さを感じるようになって来てしまいました‥‥。何でだろう‥。

 

 江戸時代、この鶴ヶ城を元にこの辺り一帯を治めていた ””会津藩”” 。有名な親藩(徳川家の親戚に当たる藩)になります。戊辰戦争時に、旧幕府軍が劣勢に追い込まれる中、江戸城が明け渡された後も抵抗を続け、東北戦争の舞台になり、あの ””白虎隊”” のエピソードがある、本当に最後まで徳川幕府に忠義を尽くした藩になります。

 

 この ””方々が新政府に鞍替えする”” 中、『 最後まで傾く徳川幕府に忠義を尽くしたのは何故なんだろう?? 』。と歴史初心者ながらズッと思っていました。何せ一年半前まで北条政子すら知らない馬鹿男子だったので‥‥😓。

 

 その謎が会津藩の成り立ちを知り、少し理解出来た気がしました。歴史を知っている人にしたら 『 そんなの常識だよ!! 』 と一蹴されそうですが、自分なりに

『 ふーんそういう事だったのね‥‥!! 』 と思えた所なので少し。

 

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鶴ヶ城歴代城主家紋

 

 葦名家より始まった鶴ヶ城の歴史。江戸時代に入り保科氏により統治される事になりました。

 

 この ””保科氏”” 。徳川2代将軍 ””徳川秀光”” 隠し子だったと言う事を知りました。3代目の、日光の東照宮の隣に大猷院と言うお墓がある ””徳川家光”” とすると””異母兄弟”” となるのですね‥‥。

 

okite910nete1820.hatenablog.com

 

  

 その後保科家に会津を任され後は松平家と名前を変え、徳川幕府滅亡まで共に江戸という時代を築き揚げた見たいデス。親戚と言うよりは、 ””直系”” と言う感じだったんですね‥。

 

 どうしてこんなに会津藩は優遇されたのだろうと言う素人ながらの素朴な疑問が解決し、少しスッキリした感じがしました。

 

 まぁそれが分かったとて、実生活に微塵も影響無い事なのですけどね‥‥。

 

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チケットを買い、天守閣を目指します

 

城内の一部分です

 

プロジェクションマッピングで壁に映像を映し出している所もありました

 

幕末からの鶴ヶ城の歴史が綴られています

 

 書いてある事がほぼほぼ理解することが出来る‥‥。以前は素通りしていたような展示なども、時間を掛けて読んでしまいました。

天守に昇り街を見下ろします。次なる目的地””飯盛山””方面です

 

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 天守を降り、隣接する施設に向かいました。共通券で入場出来ます。

 

””千家”” ゆかりの茶室 ”” 麟閣 ””

 

 自分 『 茶 』 の事は全くの無知ですが、和の良さはフィーリングで何とか感じる事は出来ます‥。

 

奥に小さな茶室が有りました‥10坪位の建物でしょうか?

 

こぢんまりとした茶室がありました

 

 庭園で抹茶を飲む事(有料)も出来たのですが、抹茶だけなら良かったのですが、お菓子が付いていたので断念。何故なら食べたい物があったので‥‥。

 

 麟閣を後に、鶴ヶ城敷地内に有る軽食屋さんに向かいました。

 

 向かった先は‥‥

 

 

鶴ヶ城喫茶‥‥そのままですね‥‥

 会津若松のご当地グルメとして ””天ぷらまんじゅう”” なる物が存在します。まぁ方々で似たような物を目にすると思うのですが追求しないで良いでしょう。浅草の露店でも以前見かけたような‥‥‥。

 

 読んで字のごとく、饅頭に小麦粉をまぶして油で揚げる‥‥。と言う食べ物になります。富岡製糸場で食べたホルモン揚げの様に、何でも油で揚げると美味しくなる現象です。

 

 高カロリー = 美味しい

 

 という、危険な物です‥‥。

 

 調べて見るとおそば屋さんなどで食事と一緒に提供されている場所が多く、手軽にテイクアウト出来そうな場所が城内に有ったので、迷わずチョイスしました。

 

 

 👨🏻 「 抹茶天ぷら饅頭1個下さい!! 」

 

 

 「 はい!、お醤油掛けますか?? 」 👩🏻

 

 

👨🏻 「 えぇ(゜д゜)。お、お、おまんじゅうに醤油ですか‥?? 」

 

 数秒考え込みましたが、郷に入りては従えの通り

 

👨🏻 「 あ、あぁ‥‥じゃぁ‥‥お願いします‥‥ 」

 

 断れ無かっただけだと言う疑惑はぬぐえませんが、醤油を掛けて貰うことに‥‥。

 

抹茶天ぷら饅頭 1本 300円

 イタリアンローストのホットコーヒーも有ったので、そちらと一緒に頂きます。

 

 『 どれどれ‥‥ 』

 

 うん、美味しいですね😊。表面は少しパリッとし、饅頭の皮は少しモッチリ、生麩の様な感じですかね??。中の抹茶餡も甘過ぎず、何よりお店のお姉さんに掛けて貰ったお醤油が、甘い餡子と食べる事により甘しょっぱさとなり、サッパリとした甘さになりました。

 

 日光の有名な湯葉饅頭にも ””塩”” がかかってますもんね‥‥。

 

 昔、美味しんぼで見た、””バニラアイスに一滴醤油を垂らす効果”” みたいな物でしょうか‥‥‥知りませんが‥‥😑。

 

 コーヒーと一緒に食べると尚美味しかったです。おやつには丁度良い良でした‥。ホルモン揚げの様に、三本セットで無くて良かったデスよ😅。これ三本は無理だわ。

 

会津に行ったら ””天ぷら饅頭”” 是非食べて見て下さい!

 さて、次なる目的地に向かいますか!!。

 続きはNO.3で!。

 

 最後まで読んで頂いた方、感謝します!。ではまたです🖐🖐🖐。