okite910nete1820’s blog

歴史が嫌いだった自分が学び直して、簡単な歴史の地図を作ってみます。

高齢者ドライバーのアクセルとブレーキの踏み間違い事故について考えてみる。

 後を絶たない悲惨な事故‥‥。高齢者によるアクセルとブレーキの踏み間違い事故‥‥。今日は田舎で暮らす車社会にドップリと浸かった自分たちにも、決して関係無く無いこの問題について少し個人的な意見を書いて見たいと思います。

 

 死傷者こそは出さないにしても、この手のニュースはほぼ毎日の様にテレビのニュースから流れて来ます(死傷者が出るような深刻な事故も少なくありません)。全国ニュースにならない様な地方の事故を含めれば、恐らくもっと沢山の事故が、毎日の様に発生しているのでしょう‥‥。

 

 では、ここで、『 何故この様な事故が繰り返されるのか?? 』と言う事を自分なりにカテゴライズを作成し、問題点を考えて見ました。

 

 そもそも、何故この様な事故が起こるのかと言う理由に、たいていの人は加齢による運動能力の低下や、判断能力の低下などのソフト面に対する問題が大きく関係しているのでは?と思う人が多いと思います。

 

 そもそもが、何故これまでの悲惨な事故や、凄惨な事故を引き起こしてしまうのか??。自分の私見では、ソフト面だけでは無く、ハード面である機械的な構造の問題や、法的な問題もそこには関連していて、決してソフト面だけの問題として捉えるのは間違った事では無いのだろうか??と言う様な思いも少なからず存在します。

 

 では何故この様な踏み間違い事故が起きてしまうのか??。皆さんは真剣に考えた事はあるでしょうか??。

 

 

 

ハード的な要因・Ⅰ

 

 そもそも、そもそもです。仮にアクセルとブレーキの踏み間違い事故が起きてしまった場合に、ここまでにとても大きな被害をもたらす要因というのが、アクセルを踏み込むことによる

 

『 制限の無い車の加速が継続して行われてしまう 』

 

 と言う、車の特性、 ””オートマチック車”” の特性が大いに関係しているとは思いませんか?。

 

 

 

 免許証を持っている人なら分かると思いますが、基本的にはオートマ車は ””右足だけ”” でブレーキペダルとアクセルペダルを踏み分ける事になります‥‥。基本的に教習所ではそういう風に指導されて来るはずです。

 

 このブレーキペダルとアクセルペダルの離隔距離は車種によっても変わるのでしょうけど、おおむね100mm程度からそれ以下程‥‥。

 

 僅かこの100mm程度の小さな距離の中で、”加速装置のスイッチ” と ”制御装置のスイッチ” が隣り合っている事になります‥。そして、それらのスイッチを制御するのは人間の同じ足で‥‥‥。

 

 ここに自分は大きな違和感を覚えます。まぁ、一昔前の ”マニュアル車” が台頭をしていた時代には左足の仕事が存在し、右足一本でアクセルとブレーキを踏むと言う事はおおむね理解出来ます。

  

 自分たちの時代は、マニュアル免許がマジョリティ側。AT限定免許は、そもそもが制度自体が新しく出来た時代。『マニュアル免許取得に挫折をした者が取る免許』。的な風潮が我が田舎の教習場ではありました。

 

 しかし、現在はと言うと、特殊な商用車を運転すること無く、自家用車しか乗らない人に取っては、マニュアル免許などは無用の長物。恐らく現代ではAT免許がマジョリティとなり、マニュアル免許はマイノリティ化していると思います。

 

 と言う事は現代では完全に左足の仕事は激減して来ていると思われます。

 

 では、この事を利用し、アクセルは右足で、ブレーキは左足で踏むと言う事にシフトして行く事は出来ないかな?と言う素朴な疑問を考えました。イメージで言うと、遊園地で乗るゴーカートの様なイメージです。

 

 右足と左足に、別々に仕事を与えてあげれば例え加齢と共に判断機能が低下したとしても、流石に右と左を間違える程度の大きなミスを犯す事が、大幅に減るとは思いませんか?。

 

ハード的な要因・Ⅰの問題点・改善の展望

 

 この右足と左足の踏み分けが難しい理由に、今現在の車の機械的特性上どうしてもMT車の存在を無くすことが出来ないと言う問題点があるのかも知れません。

 

 詳しくは書きませんが、トラックや重い荷物を運ぶ商用車等の場合、多くは、エネルギー効率の観点から現代でもMT車が主流になっていると思います。

 

 なので、どうしても ””右足と左足を違う使い方をするハードの規格”” が存在してしまうことが大きな規格統一と言う意味でのネックになっているのです。

 

 もし、AIの発達により、トルコンやCVT利用によるAT車では無く、機械がクラッチを切り、適正なトルクの段階でシフトチェンジをしてくれるようなハイブリッド的ミッション型のAT車が開発されれば、もしかすると、 ””右足アクセル左足ブレーキ”” と言う規格の統一が実現するかも知れないですよね。

 

ソフト的な要因・Ⅱ

 

 踏み間違い事故のソフト的な要因として、大きく関係しているのが加齢による運動機能や認知機能、反射神経などの身体的な衰えが挙げられるでしょう。この部分は個人的な違いが大変大きく、この辺りを年齢や基準で線引きするという言う事が難しくさせている要因の1つかも知れません。

 

 言うなればこの

 

 『  個人差  』

 

 があまりに大きいと言う事が年齢で線引きが出来無いと言う事に大変大きく影響していると思っています。

 

ソフト的な要因・Ⅱの対策方・改善への道筋

 

 では、このソフト面での対応をどのようにして行くのか??。と言う事が考えられます。このソフト面での対応と言う物は、個人の努力や鍛錬にゆだねると言う物ではもはや現実的ではありません。

 

 世の中には既に、衝突回避をセンサーで支援したり、急発進、前後進の間違い防止の機能を搭載した車が市販されています。

 

 この様な車を乗ることにより、そふと面での衰えをハード面でカバーすると言う事は十分考えられ、それだけでも少なくとも、暴走~衝突と言う様な事故を、かなりの確率で削減させる事が出来るはずです。

 

 そのためには、やはりそういった機能の付いた車に限定し、免許の許可を出したり、そういう車は値段も高くなりがちなので、購入や買い換えの際に公的な大きな補助を設けたり、規制も設けたり、斡旋の仕組みを作ったりと言う、民だけでは無く、官の大きなバックアップが必要になって来ると思います。

 

 世の中の発展や仕組みの成功為には、この ”官と民” の共同が絶対条件だと思います。官だけでは出来ないことも沢山有り、民だけでも出来ないことが沢山有る。

 

 そもそもが、真逆の性質を持つ者同士ですが、何事にも置いてですが、この発展という物や改革と言う物は、両者が強力し、互いの方向性と熱量が、マッチした時に大きな成果が生まれる物だと言う事を、今までの経験上感じています。

 

 どちらかだけの熱量が大きくてもそれは最終的に空回りに終わり、大成はきっと望めないでしょう。

 

 逆説的な物言いになってしまいますが、 『 何故?? 』 と言う原点の部分に帰った時にAT車の構造特性である

 

『 アクセルを踏み込んだ時に、制限の無い車の加速が継続して行われて行ってしまう 』

 

 と言う部分に一番の問題点があると先に述べました。

 

 では、この ”” AT ”” を廃止すると言うのはどうでしょう?。少し乱暴な意見かも知れないですが、ある一定の年齢を超えたら ”” MT限定 ”” とするのはどうでしょう??。

 

 マニュアル車ならアクセルを踏み込めば制限無しの加速が持続すると言う問題点は無くなります。前進後進の間違いも大幅に減らせます。また、マニュアル車の運転が出来なくなるくらい運動能力や認知能力が低下した際には、1つの大きな指標として運転を自粛を促せる1つの大きな指標になるはずです‥‥‥。

 

 ただ、まぁこの場合の問題点を挙げるとすると、そもそもマニュアル車自体も減少しているし、それに伴い圧倒的にAT操作の割合が大きすぎるって事ですかね‥‥。

 

まとめ

 

 この問題はハンドルを握る人すべてにおいてですが、都会よりも車への依存が高い地方の方がより深刻な問題では無いでしょうか??。多くの地方の家庭の場合、車の無い生活は即日破綻のような深刻な常態を招いてしまいます。

 

 高齢の家族がいたり、そして将来の自分たちにも直結している問題です。車が無くとも生活できるなら恐らく ”車に乗る” と言う選択は早い段階で諦めることが出来るかも知れないです。

 

 でも実際問題、田舎で暮らす大多数の方が車に大きく依存し、そして車が無いと生活が立ち行かなくなるような生活を営んでいることも実際には大きな事実でもあります。

 

『だったら都会に住めよ‥‥』 と言う様な意見もあるでしょうし、補助金となると、車を必要としていない人たちとの不公平感だって作り上げる可能性もありますもんね‥‥。中々現実的な解決法は正直難しいのでしょうね‥‥。

 

 ただこれだけ多くの凄惨な事故を目の当たりにしてくると、個人や家族の問題として捉えるのでは無く、社会全体の問題として捉え、官と民が協力をし、問題点をあぶり出し解決策を模索して行く。そんな対応が直ぐにでも必要な段階に既に差し掛かっているのでは無いでしょうかね?

 

 自動運転技術も現実味を帯びては来ましたが、まだまだ一般的な普及までには十年スパンの期間を要するはずです。

 

 また、都会でも運転手の減少で公共交通機関のネットワークも維持できない状態が起きつつある。何か複合的な対応が早急に必要な時期になっているのかもしれないですよね。

 

 後手後手よりもさらに後手の対策では無く、早めの対策や政策を期待したい物です‥‥‥。

 

 

 

最後まで読んで頂いた方、感謝します!。ではまたです🖐🖐🖐。