年末になり、ようやく角川のマンガをサッとだが2巡ほど読めた。
と同時にやはり予定通りの場所が躓いてしまう。平安と江戸と明治以降である。平安は血族関係、家系図、江戸は動きの無い学問とか文化とか、明治以降は時系列。まぁ小学生にはそこまで必要とされてないのだが、せっかく始まってしまったので、理解はしておきたい願望が芽生えてきた。 受験は江戸末期までで、明治はテスト範囲外みたい。
実際大人になってもあの戊辰戦争から太平洋戦争までの戦争の並びは全く理解していなかったし、鶴ヶ城とかに実際に遊びに行っても、
白虎隊?ふーん。若いのに可哀想だね。上層部で殴り合えば良いのにねぇ。
程度しか感じれなかった。と言うかあの場所で何が起きて来たのかも理解出来ていなかった。
でもモヤッとしか解らない状態で思い返してみると、本当に色々な物が、場所が、人物が、世界が、繋がっている。恥ずかしながらこの年になり、少し歴史を学ぶ意味がわかった気がした。 奥さんに言ったら ”もう今更遅いわw、まぁ今からでも知らないよりはいいんじゃないw”と笑われたw。小学生や中学生の頃に歴史の楽しさに気づいて、歴史が楽しいなんて子は本当に賢い子なんだろうなぁー。と改めて思った。
ここから少しイマジンしてみよう。
奥さんもしくは(旦那さん)と自分 かわいい子供が3人もいる。
ごくごく一般的(一般的とは今は少し範囲が曖昧ではあるが)
まぁ裕福ではないけど幸せな家庭をイマジンしよう。
出来たかな??
では
”突然家の庭の池からモリモリ砂金がわき出て来た”
この日から家族の生活は一変するだろう。
あなたならどうする?何を考える?
まずこのわき出してきた砂金をお金に変えるよね?とにかく毎日毎日もう放っておくと貯まりすぎて困るほどの砂金がわき出てくる。近所の方達に家庭菜園でできすぎてしまったトマトや茄子のように配ってあるくだろうか?そんなことは絶対にしない。とにかくお金に換える。そして不安がよぎる。この砂金はいつまでわき出てくるのだろう?あした目を覚ました時にわき出てこなかったらどうしよう。そう思いながらそれから毎日毎日不安の中で目を覚ますようになる。毎日換金してるから両替所のおじさんに不審がられてないだろうか?誰かが乗り込んできて奪われたらどうしよう。 そうだ、塀を建てようとびきり高い塀を。まだ不安だ。そうだ、東西にはALSOK、南北にはSECOMの事務所を建て、24時間見はらせよう。 とにかく頭の中は砂金のことでいっぱいになってしまうだろう。 ここで全く砂金などに興味がなくこの砂金をみんなに配って歩くような人間はいるのだろうか? まぁいたとしてもかなり少数だろう。 自分は間違いなく心配で心配で夜も寝れなくなってしまう側の人間である。
お金に不自由な生活はしなくなっても、今度は近づいてくる人間に対しても今までと同じように分け隔て無く接する事が出来るだろうか?
娘や、息子が結婚するときに、「こいつは家の娘(息子)より、家の砂金が目当てなんじゃねーのか?」
とても祝福して祝ってあげることなんか出来ない。時が過ぎ孫も沢山でき、
お金には困らない裕福な生活をみんなで送って行くとしよう。
砂金も相変わらず枯れること無く順調にわき出していてくれる。
しかし人間はいつまでもは生きていられない。とうとう自分もこの世からあの世へと旅だって行かなければならない。その時に家族を集め枕元で最後の遺言を言う。
”私が死んでも家族で力を合わせてこの池を守って行くんだよ。決して争ったりしては駄目だよ。頼んだからね。家族が仲良く暮らして行くのが私の一番の願いだよ。”
そう言ってあの世に旅だって行く。
次の日から遺言など政治家のマニフェストぐらい守られること無く皆さん仲良くこの池の所有権をめぐり
”骨肉の争い”をもれなく始める。
イマジン出来たかな?まぁ歴史ってこんな感じなのかなぁって自分は理解した。
金と、権力、利権と譲渡。この問題で2000年以上人間は争い続け、今も現在進行形で争い続けている。なんだろうねw